ミラー紙より、トーレスの自伝「El Nino My Story」からの抜粋
Part5です。今回はラファの話。
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携帯電話が3回、イングランドからの電話番号で鳴った。彼はそれを3回無視した。
とうとう、好奇心が勝ってフェルナンド・トーレスは電話をかけ返してみた。応答はなかった。彼は妻のオラーラにこうふざけて見せた。「きっと僕とサインしたがっているベニテスだよ!」それはまさに正しかった。
彼は語った。「僕は、知らない番号の電話は取らないんだ。誰かは知らないけど、すごくしつこい電話だった・・・そしてあの夜、日曜の夜、僕はかけ返したんだ。応答はなかったんだけど、その2秒後に、その誰かが電話を鳴らして来た。」
「『ハロー、フェルナンド』電話の向こうの人物はスペイン語を話した。『誰かわかるかい?』『いや』僕は答えたよ。『君は、知らない人間から来たイングランドの番号に電話をかけ直すのかい?』その声は言った。『いや、普段はそんなことはないよ』僕は答えた。『でもこの番号から3度も電話を貰ったし、誰だか知りたかったから』『こちらはラファ・ベニテスだよ。』
それからあまり会話はしなかったよ・・・少なくとも僕の方からはね。僕の答えは端的で、短く冷たかった。冷た過ぎたね。心構えがなかったんだ。彼が僕にもう失せろと言わなかったことを驚いているよ。
僕の頭の中は、いろいろな考えが駆け巡っていた。この声の主は誰か、本当にベニテスなのかってね。でも今まで話したこともないのに、どうやって彼だとわかるだろう?彼は話をやめなかった。自分のプランは何かを説明し、彼がリバプールのセンターフォワードとして欲しい選手が僕なんだと言った。彼は、アトレティコ・マドリーとの交渉を開始して僕の獲得のために戦うという自分の考えに対して、僕が身をゆだねる気持ちが十分にあるかどうかを知りたがっていた。
僕はどう考えるべきかわからなかった。気持ちははっきりせず、ぐるぐる回っていた。もしかしたら、友達が僕をかついでいるか、誰かがなりすまして僕にぼろを出させようとしているんじゃないかと考えていたよ。
僕は、自分が何か悪い趣向の冗談の犠牲になっているんじゃないかと思ったんだ。前に誰かが、レアル・マドリーの副会長のエミリオ・ブトラゲーニョになりすまして、ラジオ局からホセ・アントニオ・レジェスに電話をかけたことがあった。その時彼はアーセナルにいたんだけど、その"ブトラゲーニョ"に自分はマドリーに加入することを強く願っていると認めて、あらゆるトラブルに巻き込まれることになった。そんな類じゃないのかってね。
僕がどうにか言えたのは、『アトレティコのオーナー、ミゲル・アンヘル・ジルと話してください。そして自分の将来はリーグが終わった時に考えます。』ほとんどそれだけだった。」
ベニテスは実際に彼らの会話の内容を遂行した。彼は、アトレティコの上層部にトーレスの獲得を申し入れた。そしてアトレティコ・マドリーの引止めにも関わらず、最終的に£26.5mの取引で移籍は決着した。
彼は、その選手(※トーレス)を納得させる必要はあまりなかった。トーレスは監督としてのベニテスに以前から魅了されていた。ベニテスがバレンシアを率いて、予想外の二つのリーグタイトルとUEFAカップ優勝をもたらしたのを彼は見ていた。しかしともに仕事をして初めて、彼はベニテスの成功の秘訣を知った。
彼が描くベニテスの人間像は魅力的である。完全にフットボールに夢中になっている男。フットボール以外のことを自分の選手たちと話すのは、出来ないか気が進まない・・・それを彼は、リバプールがチェルシー戦で上げた見事な勝利の翌日に証明して見せた。
彼はこう語る。「僕はトレーニングピッチに出る準備をしてシューズを履いているところで、そこにラファ・ベニテスがやって来たんだ。その2、3日前から、新聞には僕が父親になるというニュースが溢れていた。『おめでとう、フェルナンド』ラファは言った。『ありがとうございます、ボス。』僕は答えた。」
「僕は、彼が妊娠の件におめでとうと言っているんだと思い込んで、予想できる次の質問を待った。母親の様子はどうだい?とか、女の子か、それとも男の子かな?とかね。僕は間違っていたよ。目の前に立っている人物が、1日24時間、1週間に7日、フットボールのことしか考えていないコーチだということを忘れていたんだ。
『まさに我々が予想していた通り、ニアポストでの攻撃は昨日は本当に上手く行った。』彼はそう言った。『我々が話していたそのスペースで君はディフェンダーを振り切り、ヘディングでツェフを破ることが出来たね。ファビオからのパスも良かったが、君は良く決めた。おめでとう。』そう言ってラファはきびすを返し、トレーニングに向かって行ったよ。」
ラファ・ベニテス、フットボールコーチ。頭からつま先までフットボールコーチ。困難で、厳しく要求され、感謝されないこともしばしばの専門職に骨の髄まで身を捧げる男。
「ベニテスは、自分の選手から最高のものを引き出すやり方を知っている監督だ。チームと選手団のために、彼のシステムに最適の選手、彼の哲学に合う選手を選ぶやり方を知っている。彼は強力なグループを築き、その中の個々が成長する手助けをする。彼が厳しくプッシュすることで、選手は潜在能力の120%を出し切ったプレーをする。そこから彼はさらにプッシュするんだ。そしてピークのプレーを引き出した時点で、彼は全てのピースをまとめて最大の効果を発揮する方法を見つける。
ラファは1日24時間、フットボールと共に生きている。細部にまで注意を払い、扱うのが難しいような細かいことまで本当にこだわるんだ。彼がピッチにいる時には、終わった試合のミスを思い出させることはよくあるけど、その一方で上手くやったことは普段は無視しているよ。
彼は批判をすることで、日々成長することを促すんだ。それに上手く対処できなかったら、自尊心を傷つけられるかもしれない。でもそれに対処できれば成長する。彼は、自分が知らないし気がつきもしなかったような、しかし成長する力になるような情報や細かいことを教えてくれる。彼はフットボールにおけるポジショニングを重要視している。ボールとの位置関係でどこにいるべきか、あと0.5メートル前にいたら、もしくはもう0.5メートル後ろにいたら・・・その努力、そしてその結果の進歩が、選手に自信を与えてくれる。それは彼自身も同じだ。
彼は話し合いを好んで奨励するね。僕たちにただビデオを見せるのではなく、まず自分が話をして、それからグラウンドに向かうバスに飛び込む。そこで選手たちに意見を聞き、僕たちが何をすべきかの議論に巻き込もうとするんだ。時には、選手の役割や想定される動きについて、根掘り葉掘り問いただすこともやる。
時々、僕は自分がFuenlabradaの学校の生徒の時代に戻って、先生から教えたことをテストされているような気分になるよ。僕が参加していた、ファーストチームのあるチームトークのことを僕は覚えている。彼は僕たちにこんな風に尋ねたんだ、この試合の勝利の鍵となるものは何か。答えるのは僕の番だった。何も思い浮かばなかったよ。脳みそをふり絞っても何も出てこない、そんな時にヨッシ・ベナユンがこっそり耳元でこうささやいて、僕を助けてくれたんだ。『パス』
チームトークの最中には、彼がどれだけ綿密に相手チームのことを研究しているかがわかる。彼は僕たちがドレッシングルームに着いた時にスターティングメンバーを告げるのが好きなんだけど、その前からもう相手チームがどうプレーして来るかの戦術的レッスンをする。彼は僕たちがどんなチームでプレーに挑むかは知らせたくないんだけど、相手チームがどうプレーするかは知っておけと言うんだよ。
正直言って、僕はこれまでベニテスとフットボール以外の会話をしたことはないと思う。それがまさに彼なんだ。」
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ラファのようなボスの下で働くのは苦労ですね。誰よりも働き、誰よりも要求が厳しく、誰よりも細かく、しかもものすごい頑固。考えただけでクラッと目まいがします。それだけの要求に答えられる選手でなくては、トップレベルではやっていけないんでしょうねえ。しかしラファも、選手から最大限の力を引き出すために、さらにボードから最大限のサポートを引き出すために、日々頭を絞って戦っているんでしょう。そして獲得目標の選手に電話をかければ何度も無視され、やっと繋がったと思えば冷たくあしらわれ、ご苦労様です(笑)。
ベナユンは改めてしみじみいい人ですね。こっそり答えを教えてくれるしお菓子は常備しているし、こういう人、クラスに必ずいましたよね。
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