「僕は身辺をきれいにしておくのが好きなタイプの選手なんだ。」リバプールのメルウッド練習場の中の小さな控え室で、ジェラードはこう私に語った。
「僕はいつも、フットボーラーはこう振舞うべきだという明確な考えを持っている。それは大事なことだと思う。イメージとか、そういう風に見せかけるとかじゃない。大勢の子供たちが僕にあこがれていることを知っているし、大勢のファンからの手紙を僕は受け取る。あの時僕が思っていたのは、自分が彼らや大勢の人々を落胆させてしまったということだった。この場所に自分がいる、そのことだけでね。
僕は、人々が僕のことを今までのようには思わなくなるかもしれないと案じていた。だから判決がものすごく重大だったんだよ。裁判の中で、検察側の陳述は2日間あった。僕はその調書を読みながら、『人が僕をこんな人間だとは思わないで欲しい』と考えていた。」
「あの裁判は僕を変えた。」彼は言う。「僕はそこから学ばなくてはならなかった。不適切な時に不適切な場所にいたことからね。自分が何時に外出し、どこに行くべきか。これからはもっと気をつけるつもりだ。」
「これからは、もし僕たちが5-1で勝利し、僕が2ゴールを決めてリーグ首位に立っても、もう友達と一緒にバーに出かけて祝うようなことはしない。食事に出かけて、10時半までには家に帰るようにする。僕たちはとても良い報酬を受け取っているんだから、犠牲はついて回るんだ。
あの裁判の間中僕が自分に言い聞かせ続けていたのは、何が起ころうと、僕はもう絶対にこういう場所には戻らないということだった。いて楽しい場所じゃない。あの経験全体が、とても恐怖だった。あんな経験を今までしたことはなかった。僕は、遠くタイでフットボールをしているチームメートのことをずっと考えていた。その本来いるべき場所から、僕は遠く離れていた。ああいう判決が出たにも関わらず、僕が喜んだり、誇りに感じたりする瞬間は全くなかったよ。
僕はあの状況を後悔し、家にいることが出来たはずの時間に家にいなかったことを後悔している。僕がそうあるべきだと考えていた判決が出たにせよ、一部の人々が、このことを僕の人格の汚点と考えるだろうということも受け入れている。
僕が言えるのは、自分は力を合わせて対処し、今は過去のものにしたいということだ。手本となるプロフェッショナルとなるよう努力することと、修道士のように暮らすことの間にはバランスがある。他の皆と同じように気楽にくつろぐこともしていいはずだけど、僕はいつも誰かに対して、彼らが僕を扱ってくれるのと同じように対応しようと努力して来た。僕が尊敬を返すから、尊敬を受けてきたんだと思う。
何か問題があってもそれが事件になったことはほとんどなかったけど、これからは自分の余暇のことを、たとえそれが休暇であってももっと注意深く考えるつもりだ。僕は、自分があと6年間プロのフットボーラーでいると考えている。それは、こういう選択をするのにそれほど長い期間じゃない。」
ジェラードのあの状況は、この男のことを熟知している人々にとっては、より異常なものに感じられた。ある種のフットボーラーたちはいる・・・誰もが知っている通り・・・暴行罪で起訴されて出廷することになっても驚かないような。しかしジェラードが被告席に着くというのは異例なことだった。
彼は、その世代の中では最も才能あるフットボーラーの一人であるばかりでなく、最も分別のある選手の一人としても知られている。彼は自分のキャリアの最高の時を、たった一つのフットボールクラブ、リバプールに捧げている。一時は、プレミアリーグの中で最も成功を収めている二つのクラブ、マンチェスター・ユナイテッドとチェルシーの監督たちが彼を獲得したいと熱いコールを送ったにも関わらずだ。
サー・アレックス・ファーガソンは彼をロイ・キーンのうってつけの後継者だと誉めたたえたし、ジョゼ・モウリーニョは4年前に彼をチェルシーに引きずり込むことに成功したと考えたが、ジェラードは土壇場になってアンフィールドに留まった。
彼は最近契約を延長したが、シーズンが毎年過ぎ去るごとに、リーグ優勝メダルへの渇望は激しいものになっている。歴史上最も華々しいヨーロピアン・カップ決勝の思い出があったとしても、この国で最高のチームでプレーしたんだという感覚を知ることなくジェラードが彼のキャリアを終えることになったら、それは悲劇だろう。
「もしもリーグ優勝を1度も経験できなかったら、後悔と空虚な場所が残るだろう。それは認めるよ。」彼は語った。「リバプールがもうタイトルに挑戦していなかったとしても、僕はクラブから去りがたいと思うだろうね。僕はここでメダルの90%を獲得し、あと一つだけがリーグタイトルだ。その最後のメダルの価値は同じじゃない。
僕は8歳の時からこのクラブの一員だ。初めての決勝、カーディフでのワージントンカップ、バーミンガム戦のことを覚えているよ。監督を取り巻く大観衆、僕は彼らの顔を眺めた。
それは、自分がフットボールクラブ以上の何かの一員なんだと感じだ瞬間だった。僕も彼らの一人だったかもしれない。でもボールを蹴るのがちょっと上手かっただけなんだ。あれが僕を地に足をつけさせてくれた。僕は責任を感じた。それは今も感じている。
もし誰かが負けた後のチームバスに乗り込んで、そこで僕とジェイミー・キャラガーの様子を見たら、同席したいとは思わないだろうね。変わったのは、年を重ねるに連れて僕がそういうプレッシャーの楽しみ方を学んだことだ。
今は僕たちは、そういう情熱を外国人選手たちにも伝えようとしている。外部の人間がカーリングカップなんて重要なものじゃないと発言した時には、火曜のリーズ・ユナイテッドとのカップ戦に6,000人もの人々が来てくれることの意味を彼らに説明するんだ。」
ジェラードのモチベーションを高めているもう一つの力、それはラファエル・ベニテスである。彼らはいつでも気楽な関係というわけではなく、ジェラードがポジションを空ける傾向・・・ピッチ上を走り回って常にボールを追いかけるフットボーラーが最もよく受ける批判だが・・・それが初めはベニテスの同じく本能的な、秩序を保つという欲求とぶつかってきしみを生じさせた。
この監督は、ジェラードには中盤のポジションを任せるだけの信頼が置けないと判断し、彼をワイドな位置に移動させた。この選手はそれを快くは思わなかったが、すばらしいパフォーマンスを演じ続け、リバプールをメジャーなトロフィーの戦いへと導き続けた。
時間と共に、彼らはお互いの尊敬を深めた。ジェラードは、ベニテスの細部に渡る細心の注意と、成長のための容赦ない駆り立てのために。ベニテスは、ジェラードの試合を決める能力のために。
ジェラードの現在のリバプールでの役割を、歩み寄りと呼ぶのは間違いだ。それは優柔不断を示唆するからである。彼を中央に配置すれば何か得られるものはあるが、フィールドの高い位置にいることで彼は守備の責任が限定され、それは可能な最善の結果をもたらしている。
「ラファと5年間一緒にやってきた今でさえ、僕はまだ、彼を喜ばせたい、自分がプレーするあらゆる試合で彼を感心させたいと感じるんだ。」ジェラードはこう語った。「偉大な監督はそういうものなんだ。レベルの違う指揮官というのは数えるほどしかいないけど、僕は幸運なことにそのうちの2人と一緒にやれている。ベニテスとファビオ・カペッロだ。」
「彼らがもたらすもの、彼らが見抜くほんの小さなこと、それを知れば、彼らがどれほど懸命に仕事をしているかがわかる。ラファがある点を指摘すると、された方はこんな風に考えるだろう。『こいつには放っとくってことがないのか?』あまりにも小さなことだからね。でもそれが、彼を他とは一線を画した存在にしているんだ。
僕だっていい試合をする・・・いい気になって言わせて貰えば、すばらしい試合をしたこともあるさ・・・ロスタイムにゴールを決めて2-1で勝利し、僕がその2点とも決めた試合もあった。
僕は興奮してものすごく高いテンションでドレッシングルームに戻り、こう考えている。『今日はやったぜ』そういう時にラファがこっちに来て、相手がプレーを変えたスローインの時に、僕のプレスが遅すぎたと話し始めるんだ。彼はこう言うだろうね。『もし良かったら、これから一緒にピッチに出て君に説明しよう。』
あるいは、僕たちが10連勝を続けていてぶっ飛ぶような絶好調の時に、彼が僕の最近のプレーを納めたDVDをひょいと出して来る。それは良いプレーの章と悪いプレーの章に分かれている。そして僕は考える。『待てよ、悪い章?何も悪いプレーなんてしてないぞ?』でも実際にそれを見たら、ある試合の中でポジションを空けていたり、プレスが遅かったり、セットプレーで誰か選手をフリーにしたりしているんだ。あの人はいつ寝ているんだと不思議に思うよ。
最初に彼がそういうことをした時は、僕はこう思ったよ。『彼は僕のリバプールでのここ150試合を全部見たってことはないよな?』彼が自分に難癖をつけていると考えるのは危険だ。彼は選手を大きく引っ張り上げてくれるんだからね。
彼がクラブに来た時は、僕に『左足、左足』と言い続けるか、そうでなければ『枠に打て』と言っていた。そして僕はこう考えていた。『あのなあ、僕はクソッ*レの枠に打とうとしてるんだよ。』
僕は人にこう言っていた。『僕は26だよ・・・彼が僕の左足は上手くないと今考えているなら、もう絶対に上手くはならない。』しかしそれから数週間後に、僕は左足でゴールを決めたんだ。彼は微笑みながら僕の所に来て、こう言った。『今日はラッキーなゴールだったね。左足で、枠に飛んだ。』その時やっと理解できたよ。
それが彼が選手を押し上げるやり方なんだと、とうとう気がついたんだ。選手としたら、それを認識するか、それに抵抗するかのどちらかしかない。そして、そいう人と一緒にやる時は、抵抗しても勝つ方は一人だけだ。
僕が他のイングランド代表選手よりもファビオ・カペッロに慣れるのがちょっと早かったのは、それが理由だと思う。彼のスタイルは、ラファと経験してきたやり方に似ているからね。選手が自分はちょっといいんじゃないかと考えている時に、地に足を着かせておくために彼は同じやり方をする。
ザグレブでクロアチア戦を勝利した後、カペッロのまず最初の考えは、僕たちはもっとうまくやれたということだった。そういうのが僕はすごく好きなんだ。試合を見ていた僕の友達は、僕たちのパフォーマンスに有頂天になっていたよ。ファンというのはそれで当然なんだ。でも彼は既に次の試合に向かっていた。
最近の親善試合でスロベニアを破った試合後、彼はウォームダウンをしている間に皆の周りを歩き回り、どこをもっと改善できるか、どこが良かったかを話して歩いていた。皆疲れていて、選手たちは試合の後はリラックスしたいと切実に思っている。でも彼は、僕たちをもっと駆り立てようとしていた。その時はえっと感じるかもしれないけど、一歩離れてみると、エネルギーが再充電されているんだ。
カペッロのような人を見ていると、彼は僕が何かを成し遂げるための力になると感じる。彼は以前から好きな監督だった。ユベントスやローマを指揮していた彼を見て、すばらしい仕事をしていると思っていたし、彼の本も読んでいた。そして一緒に仕事をして、これが僕たちのターニングポイントになるかもしれないとすぐに感じたよ。
僕は、自分のイングランド代表キャリアを、準々決勝でPK戦で敗れたのを最高の時として引退したくはない。自分の成果を振り返って、すばらしいチームにいたと感じたい。今まではいつも、何かが正しくないと認識しながらイングランド代表に加わり、やっかいな試合を前にしての7日間を自分の部屋でベッドに寝転がりながら、ひどくイライラして過ごしていた。
誰もが僕たちを非難し、僕たちには考える時間が多すぎた。僕は自分が試合に出場できるか確信がなく、自分がどこでプレーするのか、監督が僕に何を求めているのかもわからなかった。ひどく自信を喪失したよ。今の僕は、チームミーティングやトレーニングでさえ楽しみにして部屋のベッドで寝転んでいるよ。カペッロと一緒にやれるだけで楽しみなんだ。彼からとても多くのことを学べるからね。
彼は僕をディナーや映画に誘ったりすることはないだろうし、自分が悪い試合をしたら決して出くわしたくないと思う人物だ。でも、巷で言われているような石のような堅物じゃない。背中をぽんと叩いてくれるような人でもあるんだ。
人は僕に、フットボールの後は何をやりたいかと聞く。僕は監督をやりたいとは強く思うけど、ああいう人たちほど優秀になれるだろうかと考えるんだよ。彼らは1日24時間フットボール漬け、それが彼らの生活で、他には何もない。僕は自分があそこまでクレイジーにはなれないと思う。
僕は試合の後はスイッチをオフにするのが好きだ。僕には2人の娘がいる。ゴルフをするのも好きだ。ラファのことを考えると、5年間で僕は彼とフットボール以外の会話をしたことは一度もない。カペッロも同じだよ。彼らのような、ああいう人たちは僕を魅了する。
ジョン・テリーやウェイン・ルーニーと話す時は、僕はいつも彼らの監督のことを聞くんだ。仕事のやり方、選手たちとどう付き合っているかということをね。今度はイングランド代表のフィジオGary Lewinを脇に引っ張って行って、アーセナルのアーセン・ベンゲルのことを聞いてみるよ。
金曜日には、僕は家にいてソファに腰を下ろし、スカイスポーツニュースにチャンネルを合わせて、トレーニンググラウンドからのインタビューを見て、ああいう人たちがフットボールについて語るのを聞くのが大好きなんだ。僕がそこまでフットボール漬けになれるかどうかはわからない。ジェイミー・キャラガーなら間違いなくなれると思うけどね。」
その時魔法のようにキャラガーが割って入り、彼の友人に、インタビューを受けている記事はリバプールについてで、『いけ好かないイングランド代表についてじゃないだろうな』とふざけて念を押して行った。
我々は双方に少しずつ折り合いをつける。ジェラードは代表レベルでのウェイン・ルーニーとの並外れた相互理解について語り、彼らが初めて対決したマージーサイドダービーのことの思い出を語る。
「僕たちはお互いの首をつかみ合ったよ。ギャリー・ネイスミスへの僕のタックルのせいでね。」ジェラードは思い返した。「彼は17歳、あれは彼の初めてのダービーで、揉めている中に一直線に突っ込んで来たよ。僕はこう思ったのを覚えている。『このクソッ*レは一体誰だ?』彼はちょっと勢い込んでいたね。
彼は揉め事の真っただ中にいた男だった。試合の終わりには忘れていたけどね。最高の選手というのはそんな感じなんだ。試合終了のホイッスルが鳴ったら起こったことは忘れられる、それができない人間はプレーには向いていない。僕は大勢の人間を蹴飛ばしたし、ちょっとは蹴られもしたよ。でも最高の選手は決してそれを後で言わない。ロイ・キーンとパトリック・ヴィエラは見事だったよ。一日中相手を蹴飛ばし、その後は『じゃあ頑張れよ』と言って立ち去る(※move on)んだ。」
そして、前進している(move on)のはジェラードも同様である。彼は何の変哲もない小さなインタビュールームを見回し、留置所や警察の取調室と比較する。
「世間の人々は、あの出来事の真実を今は知っていると思う。」彼はそう締めくくる。「この国のアウェイファンを別としてね。」
それはなかなか良いせりふで、彼はにやっと笑った。しかし、スティーブン・ジェラードがいつか、彼の人生のこの期間を笑いながら振り返ることがあるだろうなどと考えてはいけない。
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ラファのくだりについては、トーレスも自伝で同じようなことを言っていましたね。左足についてのことは笑ってしまいました。キャプテンはラファもカペッロも好きなんですね・・・彼らのような監督の厳しい要求に答えてそこでさらに成長できる、それも選手の大きな才能の一つだと思います。
ラファがキャプテンに中盤を任せるだけの信頼が置けずにサイドに移した、というのは、実際に彼に聞いてみない限り本当の意図はわかりませんが、キャプテンのポジションを下げるかどうかが言われているだけに、興味深いです。チェルシー戦ではどうするでしょうか。
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しみじみと
裁判のことや監督に対しての思いなど、実によく分かる記事ですね。
Rafaとのやり取りのところなど思わず笑ってしまいましたが。
やはり選手にとっては尊敬できるいい監督との出会いというのも成長には欠かせないのですね。
Re:しみじみと
無題
ジェラードがフットボーラー、一人の人間としても素晴らしい人物だと再認識しました!
これからもがんばってください!
Re:無題
これからもなるべくこういう記事をご紹介できたらと思っていますので、
よろしくお願いいたします^^。